起業家インタビュー第2回 アガサ 鎌倉千恵美さん

ブレイクポイントの支援先起業家インタビュー。
第二回はアガサ株式会社 代表取締役である鎌倉千恵美さんへのインタビューをお届けします。

[鎌倉千恵美さん プロフィール]
名古屋工業大学大学院を卒業後、総務省総合通信基盤局に入省。
2001年に日立製作所に転職し、製薬・医療機関向けの新ビジネス開発と新ソリューションの基本設計、プロジェクトマネジメント業務を担当。
2011年、製薬企業向け文書管理システムを開発する米国ベンチャー起業NextDocs Corporationの日本支社代表となる。
2015年10月、アガサを設立し、代表取締役社長に就任。

[若山]:はじめに自己紹介をお願いします。ご趣味などはいかがですか?

[鎌倉]:趣味はマラソン、山登り、水泳とかスポーツが好きです。

[若山]:いつぐらいからスポーツにハマったんですか?

[鎌倉]:スポーツは学生の時からやっていましたが、本格的に始めたのは30代後半くらいになってからです。 美容と健康のために継続的にやろうと思って、38歳くらいの時にマラソンを始めました。

[若山]:自分の身体能力をある程度保っておきたいみたいなのはありますよね。

[鎌倉]:そうですね。でも、走ることが仕事にも役立っていると感じてます。走っている時に考えると、普段机に向かってる時とは違うアイデアが浮かんだりとか、整理ができるようになったりします。仕事のことは忘れて走ることで、気分の切り替えになってストレス発散にもなっています。

[若山]:起業家は精神的に辛いこともありますし、経営課題に自分の思考とか時間を持っていかれてしまうので、経営から離れたところで思考する時間は、私もすごく大事だと思っています。そういう面でも、スポーツは仕事に役立つかもしれないですね。

起業の経緯:病院にある紙の山をなくしたい

[若山]:では次に、アガサの事業内容についてお聞かせください。

[鎌倉]:治験や臨床研究の文書管理を行うクラウドサービス『Agatha』を提供しています。製薬会社が開発した薬を病院で治験する際には、製薬会社と病院の間で大量のコミュニケーションが発生していて、それが全て紙で行われています。実際、病院では毎年2トントラック一台分の紙が発生しています。私たちはここの部分をDXすることで、ペーパーワークに囚われる時間を減らし、病院の先生や製薬会社の人が本業に集中できるようにしています。

[若山]:日本の治験が遅いんじゃないかって時々話題になりますよね。

[鎌倉]:日本は他の国と比べて、ペーパーワークをすごく細かくやっていて、丁寧すぎるというか、オーバークオリティになっていると思います。研究をしている先生もペーパーワークに疲弊してしまいます。なので、ここの部分を少しでも削減できればと思っています。

[若山]:7年前に初めて箱崎インキュベーションセンターでお会いした時も、「病院にある紙の山をなくしたい」と仰っていましたよね。そこから今に至るまで、ずっと変わらずに来られていますね。

[鎌倉]:そうですね。私自身、その問題に気づいたのは15年前ぐらいなんですけれども、当時はこの事業を始めるにはまだ早すぎると思っていました。7年前くらいになって、今なら動くのではないかと思って始めたんですが、最初の4、5年は動きがスローでした。しかしコロナ禍で紙からDX というのがいろんな業界に広がって、この2年間でグッと加速したというところですね。

[若山]:コロナ禍で、紙が事業の非効率さにつながっているとか、ハンコ押すのやめようという風に一気に変わりましたよね。

[鎌倉]:変化が加速したと感じます。これが無ければ、アガサの成長はもっと時間がかかっていたと思います。

[若山]:事業立ち上げ期に苦労した点はありますか?

[鎌倉]:病院の方も製薬会社の方も何十年も紙を使っているから、私たちが「紙でやるプロセスは大変ですよね。困っていませんか?」と聞くと、半分ぐらいの方が「困っていない」と言うんですよね。実際に困ってるから変えたいと答えた人は、全体の4分の1ぐらいしかいませんでした。

[若山]:スタートアップの世界で、「カスタマープロブレムフィット」という言葉がありますけど、今回の場合は大量の紙が課題として認識されていなかったということですね。

[鎌倉]:私は10年以上、「絶対みんな困っている」と思っていたんですが、実はそうじゃないんだと感じました。製薬会社の方は、紙から新しいシステムにすることを説明する方が大変なので、やりたくないという感じでした。

[若山]:参入障壁が相当高い感じですね。スタートアップあるあると言えばそうですが、かなりショッキングですね。

[鎌倉]:ショッキングでしたね。そうは言っても、4分の1ぐらいの人は「困ってるから変えたい」と考えていたので、その人達から攻めて行くことにしました。いわゆるエヴァンジェリストみたいな方達ですね。私は10年程この業界にいるので、そのような人たちとの繋がりもあり、あまり苦労することなく、最初のエヴァンジェリストの方達を集めることができました。

[若山]:エヴァンジェリストの方々は、製薬会社と病院のどちらに多かったんですか?

[鎌倉]:それは両方ですね。 製薬会社と病院の両方からやらないと、この事業には意味がありません。その両者を繋げることができるのは、アガサの強みだと思っています。

[若山]:業界経験があり、製薬会社と病院の両サイドからアプローチできたことが、アガサの立ち上げ期のアドバンテージの一つですね。

プロダクト開発:メンバー内での一致したコンセプト

[若山]:プロダクト開発の面で困難なことはありましたか?

[鎌倉]:プロダクト開発では、そんなに大変だったところはあまりないですね。普通は製品のコンセプトを決めるところが一番大変だと思うんですけど、そこの部分はメンバーの中にある程度一致したものがあったので、コンセンサスを得るのは簡単でした。

他社が色々なことができるエンタープライズ向けのシステムを提供する中で、私たちは、シンプルでかつ規制に対応したSMB(※中小規模の事業者)向けのシステムというコンセプトを固め、立ち上げから6ヶ月ぐらいでサービスインまで持っていきました。

その時の基本コンセプトは今でもそのままで、それがプロダクトマーケットフィットできているので、最初のグランドデザインはとても良かったと思います。

[若山]:それは素晴らしいですね。以後はピボットせずに来ている感じですか?

[鎌倉]:実はピボットもあります。最初のコンセプトでは、まず病院を攻め、病院のシェアを取った後に製薬会社に持っていこうと考えていました。しかしそれでは初期に全然お金が取れず、キャッシュがなくなってしまう事がわかりました。そこから計画を変え、最初から病院も製薬会社も両方同時に攻めようという風にピボットしました。

[若山]:製薬会社向けに持って行く時も、プロダクトは同じもので、初期の製品のコンセプトのまま受け入れられましたか?

[鎌倉]:製薬会社向けだとハイエンド製品にしないといけないのではと思っていたのですが、製薬会社の方にヒアリングしていくと、「他の会社が出しているハイエンドのものもあるけど、そこまでは必要じゃなくて、Agathaの機能ぐらいで十分」と仰っていて、これだけあれば十分なんだと言うことが分かりました。

[若山]:それは重要な発見でしたね。COOやエンジニアは元々前職で同じだったメンバーですか?

[鎌倉]:はい。フランス人の開発責任者と、日本とフランスにエンジニアがいますが、みんな同じ業界の経験あるメンバーです。

[若山]:価値観や取り組むべき顧客の課題、製品のコンセプトなどが共有できた中で立ち上げていらっしゃるので、ハードなピボットを行うスタートアップと比べると、順調にローンチしてマネタイズできた印象です。

立ち上げの時からグローバルチームということですが、そこについては良かったことなどありますか?

[鎌倉]:製薬会社はグローバルに活動しているので、立ち上げた時から、このサービスもグローバルでやらなければ意味がないと思っていました。ただグローバルでやるといっても、日本で開発したらグローバルで売れる製品は作れないと感じていました。なので、何とかしてグローバルで開発できるような体制を作りたいと思っていたところ、たまたま勤めていた企業が買収されて、今のメンバーと知り合って立ち上げることができました。今の開発チームのメンバーなくしてはできないビジネスだったと感じています。

[若山]:なるほど。個人的に気になるところなので掘り下げたいんですけど、日本で開発してもグローバルで売れないと感じたのはなぜですか?

[鎌倉]:それはやっぱり体験してみないと分からないと思います。自分が日系企業にいたときに、世界的に見たら8までしか要らないのに、日本の開発は8を10にするために多くのコストをかけているように感じました。一方で、その後入社したアメリカの会社では、6ぐらいしかないような製品を全世界で使えばいいといった感じで、それもまた違うと思っていました。そんな中、ヨーロッパはグローバルだけでなくローカライゼーションの重要さというのを分かっていて、私たちがヨーロッパと組めば、極端な日本やアメリカとは違い、グローバルで売れる製品をアジア・ヨーロッパ地域に提供できるのではないかと思いました。

[若山]:日本とアメリカの両極端な体験が、今に生きているってすごく面白いですね。

ファイナンス:VCに行く前にいろんな人に会うと良い

[若山]:では少し話題を変えて、ファイナンスについてお聞かせいただけますか?

[鎌倉]:SaaS全体としては、起業してからのこの7年間、ずっと追い風だったと思うので、資金調達はある程度しやすかったのかなと感じています。一方で、今までシード、A、B、B2と合計4回資金調達をしたんですが、今から考えると本当に反省だらけで、もう1回やれたらもっと上手くできたんじゃないかと感じています。最初に起業する時は、資本政策と資金調達など何も分からないところからのスタートなので、本当にうまくいきませんでした。当時もいろんな方からアドバイスを頂いたんですけど、実際に体験して失敗しないと分からないというか。なので、本当は最初からCFO的な人と一緒にやれるのが一番いいと思いますね。それが難しいなら、後は耐える精神力だと思います。

[若山]:CFOの方をフルタイムで雇えるのは、シリーズ Bぐらいからなので、ここは難しいところですよね。ただ、シリーズAに入る前ぐらいのところから本当はそういう人がいないと、地雷踏んでしまう確率が上がってしまいますし。この辺は少し言いづらい部分もたくさんあると思うんですけど、後に続く起業家に向けて何かメッセージはありますか?

[鎌倉]:今考えると、VCに行く前に、バリュエーションについてアドバイスしてくれる人がいると思うので、いろんな方と話してみるのが良いかもしれません。

[若山]:今ではバリュエーションについての情報も増えてきていますし、多分SaaSであればいろんな蓄積があると思うんですが、6年前にはあまりなかったですよね。

[鎌倉]:最初は、自分の会社のバリュエーションが1000万なのか、1億なのか、10億なのか、全然分からなかったですね。

[若山]:最初はやはりそうですよね。資金調達に関しては、弊社でもスタートアップの方をずっと支援しているので、後輩起業家の方から相談を受けた時には、鎌倉さんに相談に乗って頂けると嬉しいです。

今後のビジョン:世界の治験は『Agatha』なしでは動かない

[若山]:では最後に、今後のビジョンや今求めている人についてお聞かせいただけたらと思います。

[鎌倉]:今後、私たちがなすべき事は、世界中の治験で『Agatha』を利用してもらえるようにして、世界の治験は『Agatha』なしでは動かない、という風にしていきたいと思っています。

それもやはり、フランスと日本というチームだからこそ実現できると思っています。アメリカの会社のように、グローバル的に自社の製品を押し付けるのではなく、病院と製薬会社をつなぐというアガサのコンセプトだからこそ世界を目指せるという風に思ってます。

今アガサは海外10カ国で展開していて海外での売り上げも3割ぐらいになっているので、海外でのベースはできてきています。これからは今できた基盤を、今後ジョインしてくださる方が、私が思いも浮かばないような風に広げていって欲しいなという気持ちです。

[若山]: アメリカ的なものだけでグローバル統一みたいな世界観のものよりも、アガサさんの多様性を重視した、多様なニーズに多様なチームで応えるというモデルの方が競争優位性を持つところは説得力がありますね。
私もグローバル化に向けて学びが深いインタビューになりました。ありがとうございました!

聞き手:ブレイクポイント株式会社 若山泰親

撮影・記事編集:ブレイクポイント株式会社 村上賢誠